こんにちは。札幌の税理士の青木です。
これから独立や開業をされる方やビジネスをはじめる方向けに新規創業支援サポートを行っております。

今回は既に個人事業を行っている方が法人を設立する場合(法人成りといいます)において商品などの在庫をどのように引き継げばよいかという話をさせていただきます。

起業をされてる方や新規創業を考えてる方のサポートにつながれば幸いです

この記事を読んでわかること

  • 在庫を引き継ぐ場合は法人に売却しなければいけない
  • 在庫の売却による利益は個人事業主の所得となり税負担がある
  • 売買金額は通常の販売価格の70%以上でなければいけない

在庫は法人に売却しなければいけない

個人事業主が法人成りをする場合において、商品などの在庫をそのまま引き継いでよいわけではありません。

個人事業主は法人に対し在庫を売却しなければいけません。

そのため個人事業主が廃業する年においては売上額が大きくなることがあります。

当然この売上については所得税の対象となるため、税負担が生じることとなります。

法人成りを検討する際は予め引き継ぐ在庫の売上を考慮しシミュレーションをしておくことをおすすめします。

売却金額に注意 低い金額だと税負担が生ずることも

法人成りをする際に在庫を売却しなければいけないのは先ほどご説明したとおりです。

個人事業主の税負担を避けるため低い金額で売却することは認められていません。

通常の販売価格の70%未満で譲渡された場合は低額譲渡に該当します。

低額譲渡に該当する場合は、通常の販売価格の70%と実際の売買価格との差額は実質的に贈与された部分として売上に追加計上しなければいけなくなります。

具体例
通常の売買価格:1,000
実際の売買価格:600


この場合は通常の売買価格の70%(1,000×70%=700)と600の差額100について追加で売上に計上しなければいけません。

個人事業主にとっては売上の対価は600しか受け取っていないため、税負担だけが増えます。

そのため個人事業主から法人へ在庫を売却する際は、通常の販売価格の70%以上の金額で売買しなければいけません。

会計処理の具体例

在庫を売却する際の具体的な会計処理について確認しましょう。

個人事業主の会計処理
現金預金 XXX / 売上 XXX

法人の会計処理
仕入 XXX / 現金預金 XXX

補足:時価より高い金額で売買した場合

もし個人事業主が時価より高い金額で在庫を法事に売却した場合はどうなるでしょうか?

当然に個人事業主においては売上に計上します。

法人においては個人事業主に対して経済的価値を与えたものとして考えるため、時価と売買金額との差額については寄附金として取扱います。

寄付金は法人において経費に算入できる金額に制限があるため、一般的にはほとんど経費となりません。

そのため時価より高い金額で在庫を売買すると法人においては税負担が増えることとなります。

具体例
時価:1,000
売買金額:1,200

個人の処理:売上1,200

法人の処理:仕入1,000
      寄付金200(この寄付金についてはほとんど経費にならない)

消費税の取り扱い

法人成りの際に在庫を売買した場合の消費税の取り扱いについて確認しましょう。

個人事業主の取り扱い
売上=課税売上

個人事業主が課税事業者の場合は消費税の納付が必要となります。

法人の取り扱い
仕入=課税仕入

資本金1,000万円未満の法人であれば設立から2年は消費税の免税事業者(※)であることが多いですが、在庫の金額が多い場合や多額な設備投資がある場合は設立時から消費税の課税事業者を選択する方が有利になることもあります。

なぜなら預かった消費税より支払った消費税が多い場合は還付となるからです。

(※)インボイス制度が始まると資本金1,000万円未満で設立した法人であっても設立時からインボイス登録をして課税事業者となるケースは多いかと思います。

法人成りその他の注意点

固定資産の引き継ぎ方法は売却だけではない

今回は棚卸資産についての引継ぎ方法について解説しましたが、個人事業主が土地や建物といった固定資産を使っている場合はその固定資産も法人に引き継がなければいけません。

在庫については売却で引き継がなければいけないというのは先ほどご説明した通りです。

しかし土地や建物といった固定資産であれば売却だけでなく賃貸で引き継ぐという方法もあります。

売却をする場合は個人事業主においては廃業する年の税負担が大幅に増える可能性がありますが、賃貸であれば一時に大きな利益が出るわけではありません。

ただし賃貸をしている期間の賃料収入については個人事業主が確定申告をしなければいけません。

確定申告の手間と税負担が生じることに留意しましょう。

所得の分散で節税になる場合も

法人成りをするとその報酬は事業主(社長)に対して役員報酬を支払うことができます。

この役員報酬は経費となり法人の税負担を軽減する効果があります。

役員報酬を受けた社長においては給与所得として所得税の対象となります。

給与所得は給与所得控除といって必要経費に相当する一定の控除が認められており、この控除は実際に必要経費の支出がなくても控除が受けられます。

所得税については基礎控除と言って合計所得金額が2,400万以下の人であれば所得金額から48万円を控除することができます。

これらの給与所得控除と基礎控除については所得税を圧縮する節税効果があります。

また法人税と所得税は税率が異なるためこの税率の違いを利用し節税になる場合もあります。

一般的な中小企業であれば法人税等はだいたい25%程度となります。

それに対し所得税は超過累進税率と言って所得金額が大きければ大きいほど所得税の税率も大きくなります。

所得税の税率は5%から45%となっています。

そのため社長の所得税が低い税率が適用されるのであれば役員報酬を支給した方が合計の税負担が低くなるということになります。

所得の分散による節税

  • 給与所得控除による節税
  • 基礎控除による節税
  • 法人税と所得税の税率の差を利用した節税

所得の分散によるメリットは非常に難しいものとなっています。
くわしくまとめたページがございますのでよければご覧になってください。

赤字でも税負担は生ずる

個人事業は赤字の場合は所得税などの税負担は生じません。

これに対し法人の場合は赤字であっても法人県民税、法人市民税の均等割という税金を納付しなければいけません。

法人の規模や自治体によって金額は異なりますが、年間7万円の場合が多いです。

また申告についても個人事業の場合は所得が無い場合は申告の義務はありませんが、法人の場合は赤字であっても申告をしなければいけません。

法人成りをする際はシミュレーションが重要

法人成りをする際はしっかりシミュレーションを行いましょう。

今回解説したように在庫を引き継ぐ場合の税負担が生じるのはもちろんですが、それ以外にも固定資産の引き継ぎなどに税負担が生じることがあります。

設立後の役員報酬をどのような金額に設定するかも非常に重要です。

なぜなら役員報酬の改定は決まった時期にしか行うことができません。

法人の利益の状況を見て自由に上げ下げするということができないので注意をしましょう。

個人事業に比べ法人事業の方が社会的信用が高いというメリットはありますが、事業の利益の状況によっては個人事業の方が税負担が少ないこともあります。

先程ご案内したように所得税と法人税の税率の違いがあるうえに、法人であれば赤字であっても均等割を納付しなければいけないという特徴があります。

個人事業は開業も廃業もそれほど手間がかからず出来ますが、法人を設立するのには費用がかかりますし、清算や解散をする場合であっても手間と費用がかかります。

一度法人を設立してしまうと後戻りが難しいので慎重に判断をすることをお勧めします。

まとめ

法人成りをした場合の在庫の引き継ぎについて解説しました。

重要なことはたった二つです。

・引き継ぐには法人に売却しなければいけないため個人の税負担が生ずる
・売買金額は通常の販売価格の70%以上でなければいけない


法人成りは注意しなければいけない論点が非常に多いです。
もし新規創業や起業、法人成りに不安を抱えている場合は専門家へ相談しサポートを受けることをおススメします。